なぜ見積書は社長の時間を取るのか
見積書は、毎回同じ形に見えて、中身は毎回少しずつ違います。品目や数量、納期、現場の条件が変わるたびに、どの単価を使うか、どこまで見積に含めるか、値引きに応じるかを決めなければなりません。中小企業では、この「決め方」が書かれておらず、社長か一部のベテラン社員の頭の中にあることが多いのです。その結果、次のようなことが起きます。
- 似た見積を探すのに時間がかかり、毎回ゼロから作っている
- 単価表が何種類もあり、どれが最新か分からない
- 社員が下書きしても、社長が全部見直すので、結局社長の時間が減らない
- 社長が出張や現場で手が離せない日は、見積が止まる
| 業種 | AIに渡す材料の例 | 時間がかかる所 | 社長に集まる判断 |
|---|---|---|---|
| 建設・設備工事 | 図面から拾った数量表、現場調査のメモ、過去の工事の見積、材料と労務の単価表 | 工事の種類ごとの内訳づくり、似た工事の見積探し | 諸経費の考え方、値引き、工期の見込み |
| 製造・加工 | 図面や仕様書のメモ、過去の同じような品の見積、工程ごとの加工時間の表 | 似た品の見積探し、工程ごとの時間と費用の当てはめ | 段取りの費用、ロットの大きさによる単価、材料の値上がりの反映 |
| 卸・商社 | 品番の一覧、仕入れ先の価格表、取引先ごとの掛け率の表 | 品番の照らし合わせ、価格改定の反映 | 特別価格、送料や小口の扱い |
どの業種でも、AIに向くのは「材料を読み取って、決まった形に並べる」作業と、「抜けや食い違いを探す」作業です。金額そのものを決める仕事は、AIに向きません。会社の利益が決まる判断だからです。
見積書をAIで作成する8ステップ
全体の流れは、「AIが下書き → 社員が確認 → 社長が判断」です。8つのステップに分けると、次のようになります。各ステップで使うプロンプトの全文は、次の章にまとめています。
Step 1:見積書の仕事を「作業・確認・判断」に分ける
最近出した見積を1件選び、依頼を受けてから見積書を送るまでの作業を、順番に1行ずつ書き出します。各行に「AI」「社員」「社長」のどれが受け持つかを書き込むと、次のように分かれます。
- 作業(AI):依頼のメールやメモから品目・数量・条件を一覧にする。単価表と過去の見積から明細の下書きを作る。条件の文(有効期限、支払条件、見積に含まないもの)の下書きを作る。抜けや食い違いを一覧にする
- 確認(社員):数量を図面や依頼と照らす。単価が最新の単価表どおりかを見る。合計を表計算や見積ソフトで計算する。宛名・日付・有効期限を確かめる
- 判断(社長):最終の金額を決める。値引きに応じるかを決める。前例のない条件を受けるかを決める
Step 2:材料をそろえる(単価表・過去の見積・社内の決まり)
AIは、自社の単価も、過去にいくらで受けたかも知りません。下書きの質は、渡す材料で決まります。最初に、次の4つをそろえます。
- 単価表(最新版を1つ):品目、仕様、単位、単価、改定日がそろった表。古い版は別のフォルダに移します。点検にはプロンプト1を使います
- 過去の見積書:受注したものと、失注したものの両方。案件の種類ごとに、手本になる見積を2〜3件選んでおきます
- 条件の決まり文句:有効期限、納期の書き方、支払条件、見積に含まないもの(たとえば「〔運搬費〕は別途」)など、いつも書いている文
- 社内の決まり(社長が書く):粗利の下限、値引きに応じる基準、社長に必ず回す条件(金額が〔 〕円以上、初めてのお客様など)
4つ目は、社長にしか書けない部分です。最初は完璧でなくてかまいません。「迷ったら社長に回す条件」を3つ書くだけでも、社員が判断に迷う回数が減ります。
Step 3:入れてはいけない情報を外し、使うAIを決める
見積書には、お客様の会社名や担当者の名前、住所、そして自社の原価や単価という機密が入ります。個人情報保護委員会は、個人情報を取り扱う事業者に向けて、次の2点を注意しています。1つ目は、生成AIに個人情報を含むプロンプトを入れるなら、利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認することです。2つ目は、本人の同意なく個人データを入れる場合です。応答の出力以外の目的で扱われると法律に違反するおそれがあるため、サービスの事業者が機械学習に使わないことなどを十分に確認するよう求めています。
- お客様の会社名や担当者名は「A社」「B様」に置き換えてから貼る。宛名は、最後に社員が見積書の画面で入れる
- 住所、電話番号、メールアドレスは消してから貼る。現場の住所が必要な場合は「〔市区町村〕まで」にとどめる
- 単価や原価を入れるAIサービスは、会社として使ってよいと決めたものに限る。利用規約とプライバシーポリシーで、入力した内容が学習に使われるかを確かめる
社内で使ってよいサービスと入れてよい情報の決め方は、生成AIの社内ルールの作り方で解説しています。
Step 4:お客様の依頼を、品目・数量・条件の一覧にする
いきなり見積書を作らせず、まず依頼の中身を一覧にさせます。依頼のメール、電話のメモ、現場調査のメモをAIに渡し、品目、数量、単位、納期、場所、条件を表に並べさせます(プロンプト2)。
大事なのは、依頼に書かれていないことを〔要確認〕として残させることです。〔要確認〕の一覧は、そのままお客様への質問のリストになります。見積の前に聞いておけば、あとからの「これも入っていると思っていた」を減らせます。
Step 5:単価表と過去の見積から、明細の下書きを作る
Step 4の一覧、単価表、似た案件の過去の見積を渡し、明細の下書きを作らせます(プロンプト3)。このとき、次の2つを必ず頼みます。
- 単価の出どころを書かせる:単価表の何行目か、過去のどの見積から取ったかを、明細の行ごとに書かせます。社員が確かめるときの手がかりになります
- 金額の計算はさせない:数量×単価や合計の欄は空けておかせます。計算は、Step 6で表計算や見積ソフトが行います
単価表にない品目は、AIが似た品目の単価で埋めてしまうことがあります。「単価表にない品目は〔単価なし〕と書く」と指示しておくと、社員がそこだけ調べればよくなります。
Step 6:社員が数量と条件を確かめ、計算は表計算・見積ソフトで行う
下書きを見積書の形に移すのは社員です。確かめる順番を決めておくと、抜けが減ります。
- 数量と単位を、図面・依頼のメール・現場のメモと照らす
- 単価を、最新の単価表と照らす。〔単価なし〕の品目は、仕入れ先や担当者に確かめる
- 金額と合計を、表計算や見積ソフトで計算する
- 宛名、日付、有効期限、支払条件、見積に含まないものを確かめる
- 仕上がった見積書を、AIにもう一度点検させる(プロンプト4)。AIが挙げた点を、社員が元の資料で確かめる
AIのチェックは「2人目の目」として使います。個人情報保護委員会も、一般の利用者への注意として、生成AIの応答結果には不正確な内容が含まれることがあると書いています。AIが「問題なし」と言っても、それで確認を終わりにはしません。
建設業の見積書には、法律の決まりもあります。建設業法第20条第1項は、建設業者が請負契約を結ぶときの努力義務を定めています。工事の種別ごとの材料費、労務費などの経費の内訳と、工程ごとの作業とその準備に必要な日数を書いた見積書(材料費等記載見積書)を作ることです。注文者から求められたときは、契約が成立するまでに、この見積書を渡さなければなりません(第4項)。AIに明細の下書きを作らせるときも、内訳と日数の欄を落とさない形にしておきます。
Step 7:社長が金額を決める
社長の手元に届くのは、社員が確かめ終えた見積書と、判断に必要な情報をまとめた1枚のメモです。メモの下書きはAIに作らせます(プロンプト5)。中身は、今回の原価と粗利(社員が計算した数字)、過去の似た案件の金額と結果、お客様からの値引きの依頼の有無、社長が決めることの一覧です。
AIには「いくらにすべきか」は聞きません。お客様との関係、今の仕事の埋まり具合、次の仕事につながるかどうか。金額を決める材料の多くは、資料に書かれていないからです。社長は、メモを読んで金額と条件を決め、決めた理由を一言だけ残します。この一言が、次から社員が判断するときの基準になります。
値引きを決めるときにも、法律の決まりがあります。建設業では、次の2つを社長が知っておく必要があります。
- 建設業法第20条第2項:材料費等記載見積書に書く材料費・労務費などの額は、その工事を施工するのに通常必要と認められる額を著しく下回ってはならない
- 建設業法第19条の3第2項:建設業者は、国土交通省令で定める正当な理由がある場合を除き、工事に通常必要と認められる原価に満たない金額で請負契約を結んではならない
製造や加工などを請け負う会社には、中小受託取引適正化法(取適法。下請法を改正し、2026年1月1日施行)があります。第5条第2項第4号は、委託する側の次の行為を禁じています。費用の変動などが起きて受託側が代金の協議を求めたのに、協議に応じなかったり、必要な説明や情報を出さなかったりして、一方的に代金を決めることです。取適法が当てはまるかは、取引の内容や、双方の資本金・従業員数で決まります。なお、建設業者どうしの建設工事の下請負は取適法の対象から外れ、建設業法で扱われます。自社の取引が当てはまるかは、公正取引委員会・中小企業庁の資料や専門家に確かめてください。
値上げの協議を申し出るときは、材料費や労務費がどう変わったかを示す資料があると話しやすくなります。過去の見積と今の単価表を並べて、変わった品目と差を一覧にさせると、その資料の下書きになります(プロンプト6の使い方の一つです)。
Step 8:結果を記録し、単価表と決まりを直す
見積を出したら、結果(受注・失注・保留)、最終の金額、社長が決めた理由を、1件1行の表に残します。月に1回、この表をAIに渡し、受注と失注の傾向を数えて並べさせます(プロンプト6)。
傾向が見えたら、単価表とStep 2の「社内の決まり」を直します。たとえば「〔この種類〕の案件は、社長が毎回同じ値引きをしている」と分かれば、それを基準として書き、社員の判断に移せます。こうして、社長の勝ちパターンが少しずつ社内に残っていきます。見積書の作り方そのものを手順書にする方法は、マニュアル作成にAIを使う方法で解説しています。
そのまま使えるプロンプト(見積書の下書き・チェック)
〔 〕の部分を、自社の言葉や数字に置き換えてから貼ってください。お客様の名前は「A社」に置き換えます。どのプロンプトにも「書かれていないことは書かない」「分からない所は〔要確認〕と書く」という一文を入れています。AIが、もっともらしく話を補うのを防ぐためです。
プロンプト1:単価表を点検する(Step 2)
プロンプト2:依頼を品目・数量・条件の一覧にする(Step 4)
プロンプト3:明細の下書きを作る(Step 5)
プロンプト4:仕上がった見積書をチェックする(Step 6)
プロンプト5:社長の判断メモを作る(Step 7)
プロンプト6:受注・失注の結果を振り返る(Step 8)
プロンプト6の3は、値上げの協議を申し出るときの資料の下書きにも使えます。過去の見積の明細と今の単価表を貼り、「変わった品目と差を一覧にしてください」と頼みます。
見積書のAI活用でよくある失敗と対策
失敗1:古い単価表を渡してしまう
単価表が何種類もあると、AIは渡された表のとおりに下書きします。古い単価のまま見積を出すと、受注しても利益が残りません。対策:単価表は最新版を1つだけにし、改定日を書きます。AIに渡す前に、プロンプト1で点検します。
失敗2:AIに合計を計算させる、金額を決めさせる
生成AIの答えには、不正確な内容が含まれることがあります。合計が1円でもずれた見積書は、そのままお客様に出せません。また、「いくらにすべきか」を聞くと、もっともらしい金額を答えてしまいます。対策:計算は表計算や見積ソフトで行い、金額は社長が決めます。AIに頼むのは、下書き、一覧づくり、抜けの点検までです。
失敗3:お客様の名前や過去の取引条件を、そのまま貼る
過去の見積書をそのまま貼ると、お客様の会社名、担当者名、取引の条件まで入ってしまいます。対策:貼る前に「A社」「B様」に置き換え、住所や電話番号は消します。使ってよいAIサービスは、会社として決めておきます。
失敗4:チェックをAIだけで済ませる
AIが「問題なし」と答えても、見落としがないとは限りません。とくに数量は、図面や現場を知っている人でないと確かめられません。対策:AIのチェックは2人目の目として使い、社員が数量・単価・条件を元の資料で確かめる順番を決めておきます。
失敗5:結果を記録せず、毎回ゼロから作る
見積を出して終わりにすると、社長がなぜその金額にしたかが残りません。社員はいつまでも判断できず、社長に確認が集まり続けます。対策:結果と、社長が決めた理由の一言を1件1行で残し、月に1回振り返って、単価表と社内の決まりを直します。
シス学の場合|見積書を「作業・確認・判断」に分けて仕組みにする
シス学(システム経営学)は、AIエージェントを活用し、会社を「儲かるシステム」につくり変える経営学です。ソフトを入れることではなく、仕組み(システム)で回る会社をつくる経営です。
シス学では、仕事を「作業・確認・判断」に分け、それぞれの任せ先を決めます。見積書に当てはめると、次のようになります。
| 任せ先 | 受け持つ仕事 | 見積書での中身 |
|---|---|---|
| AI | 作業 | 過去の見積と単価表から下書きを作る。依頼の一覧づくり、抜けの点検、判断メモの下書き |
| 社員 | 確認 | 数量と条件を、図面や依頼と照らして確かめる。計算し、例外は社長に回す |
| 社長 | 判断 | 最後に金額を決める。決めた理由を一言残す |
見積書は、シス学の3つのシのうち「収益改善」に直結する書類です。削れた作業時間と伸びた売上を、人件費・粗利の数字で確かめます。たとえば、見積1件にかかった社員と社長の時間と、受注した見積の粗利率を、始める前と3か月後で比べます。
シス学 AI研修では、社員が自社の見積書や単価表を題材にして、この記事のようなプロンプトを自社向けに作り、確かめるところまで練習します。研修の内容によっては、厚生労働省の人材開発支援助成金の対象となる場合があります。対象になるかどうかは労働局の審査で決まり、受給を保証するものではありません。対象は雇用保険の被保険者で、計画届は研修開始の1か月前まで(6か月前から)に出し、受講料はいったん全額を会社が支払います。助成金の有無で受講料は変えません。事業展開等リスキリング支援コースは令和8年度末までの時限措置です。詳しくはAI研修に使える助成金で解説しています。
まずは無料相談から。料金は、対象の業務と体制をお聞きしたうえで、無料相談でご案内します。30分の無料相談を予約できます。
まとめ
- 見積書づくりは「AIが下書き → 社員が数量と条件を確認 → 社長が金額を決める」に分けると、社長の手元には判断だけが残る
- 下書きの質は材料で決まる。最新の単価表を1つ、手本になる過去の見積、条件の決まり文句、社長が書く社内の決まりをそろえる
- AIには単価の出どころを書かせ、計算と金額の決定はさせない。合計は表計算や見積ソフトで、金額は社長が決める
- AIのチェックは2人目の目。社員が元の資料で確かめる。建設業法第20条・第19条の3や取適法など、業種の決まりも確かめる
- 結果と社長が決めた理由を残し、月に1回振り返って、単価表と社内の決まりを直す
まずは、最近出した見積書を1件選び、プロンプト2とプロンプト4だけを試してみてください。依頼の読み取りと点検をAIに任せるだけでも、社員が確かめる所がはっきりします。どの仕事からAIに任せるかの決め方は、業務改善にAIを使う方法で解説しています。
よくある質問
AIで見積書を自動作成できますか?
下書きまではできます。依頼のメールやメモ、単価表、過去の見積を渡すと、明細と条件の文の下書きを作れます。ただし、数量が合っているか、単価が最新かを確かめるのは社員、最後に金額を決めるのは社長です。AIの下書きを確かめずにお客様へ出す使い方はおすすめしません。
見積書のチェックにAIは使えますか?
使えます。依頼の一覧と見積書、単価表を渡し、依頼にあるのに見積にない品目、数量や単位の違い、単価表と違う単価、条件の書き漏れを一覧にさせます。見積書は書き直させず、気になる点だけを挙げさせるのがこつです。AIが挙げた点も挙げなかった点も、社員が元の資料で確かめます。
見積金額の計算もAIに任せてよいですか?
おすすめしません。生成AIの答えには不正確な内容が含まれることがあり、合計が1円でもずれた見積書は出せません。金額や合計の計算は、表計算ソフトや見積ソフトで行います。AIには、金額の欄を空けた明細の下書きと、単価の出どころの記入までを頼みます。
お客様の名前や自社の単価を、AIに入れても大丈夫ですか?
お客様の名前は「A社」などに置き換えてから入れるのが安全です。個人情報保護委員会は、生成AIに個人情報を含むプロンプトを入れるなら、利用目的の範囲内かを十分に確認するよう求めています。本人の同意なく個人データを入れる場合は、サービスの事業者が機械学習に使わないことなどの確認も求めています。単価や原価は会社の機密なので、会社として使ってよいと決めたサービスに限り、利用規約とプライバシーポリシーで入力内容の扱いを確かめます。
建設業の見積書をAIで作るときに、気をつけることはありますか?
建設業法第20条は、工事の種別ごとの材料費・労務費などの内訳と、工程ごとの作業と準備の日数を書いた見積書を作るよう努めることを定めています。その材料費・労務費などの額は、通常必要と認められる額を著しく下回ってはいけません。注文者から求められたら、契約が成立するまでに見積書を渡す必要があります。第19条の3第2項は、正当な理由なく原価に満たない金額で請け負うことも禁じています。AIの下書きは内訳と日数の欄がそろう形にし、値引きでも材料費や労務費を削りすぎないようにします。
見積書づくりに使うAIは、どれを選べばよいですか?
文章や表を扱える生成AIのサービスなら、この記事のプロンプトは使えます。サービス名より先に、入力した内容がどう扱われるか(学習に使われないか)を確かめ、会社として使ってよいサービスを決めます。計算は、今使っている表計算ソフトや見積ソフトで行います。




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