物流が直面する構造的課題と生成AIの可能性
数字で見る物流の今:残業の上限・長い労働時間・輸送力不足
まず、国の資料で物流の今を確かめます。2024年4月から、トラックドライバーにも時間外労働の上限が適用されました。2026年3月31日に閣議決定された「総合物流施策大綱(2026年度~2030年度)」には、次のような数字が載っています。
| 項目 | 数字 | 出典 |
|---|---|---|
| 時間外労働の上限(トラックドライバー) | 2024年4月から、臨時的特別な事情がある場合でも年960時間 | 厚生労働省 |
| 1年の拘束時間(改善基準告示) | 原則3,300時間以内(2024年4月から。それまでは3,516時間以内) | 厚生労働省 |
| 年間の労働時間 | 大型2,484時間、中小型2,424時間。全産業は2,052時間(いずれも2024年) | 総合物流施策大綱(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」から国土交通省が算出) |
| 年間の所得額 | 大型492万円、中小型437万円。全産業は527万円(いずれも2024年) | 同上 |
| 29歳以下の割合 | トラック運転に従事する人の10.1%。全産業は16.8%(2024年) | 総合物流施策大綱(総務省「労働力調査」から国土交通省が算出) |
| 輸送力の不足の見込み | 具体的な対応をしなければ、2024年度に約14%、2030年度に約34%不足するおそれ | 総合物流施策大綱(NX総合研究所の試算) |
大綱は、トラック運送業は他の産業より労働時間が約2割長く、トラックドライバーの有効求人倍率は全産業平均の約2倍だとしています。2030年度の約34%の不足は、トラックドライバー34万人に相当すると試算されていました。
政府は2023年6月2日に「物流革新に向けた政策パッケージ」を決め、官民の取り組みの結果、2024年度に見込まれた約14%の不足は「概ね克服」したとしています。一方で、2025年3月の関係閣僚会議では、2030年度までを物流革新の「集中改革期間」と位置づけました。運ぶ人の時間は、これからも増やせません。
AIの活用はまだこれから:物流の部門は事務の部門より遅れている
中小企業庁が2026年版中小企業白書の概要として示した資料を見ます。2019年以降の省力化の投資で、AIの活用に「取り組んだ」中小企業は30.3%でした(n=5,645)。
| 部門 | 「活用している」 |
|---|---|
| バックオフィス部門 | 73.4% |
| 営業・販売・顧客対応部門 | 68.2% |
| 製造・生産管理・物流部門 | 57.2%(「必要性を認識しているが、活用には至っていない」が31.2%) |
AIに取り組んでいない会社に理由を聞くと、上位は次の3つでした(n=3,888、複数回答)。「活用する業務がイメージできていない」63.4%、「活用を推進する人材が不足している」40.0%、「社内ルール・ガイドラインが整備されていない」26.2%です。総合物流施策大綱も、生成AIなどの活用が進んでいないという課題を挙げています。そのうえで、AIを活用して業務の効率化・省力化を図ることが重要だとしています。
中小の運送会社ならではの3つの壁:なぜ使い始めにくいのか
- 依頼の形がばらばら:荷主ごとに電話、FAX、メール、Excelと依頼の来方が違い、AIに渡す材料が文字になっていない
- 配車がベテランの頭の中にある:どの車に、どの荷物を、どの順で積むかの判断が、配車担当の経験に頼っている
- 間違いが許されない情報が多い:届け先の住所、時間指定、重量、ドライバーの拘束時間は、間違えると事故や法令違反につながる
だからこそ、生成AIは「配車を決める道具」ではなく、「人が確かめる前提の下書き係」として使うと、中小の運送会社でも始めやすくなります。届いた依頼を受付票の形に整える、荷主への連絡文のたたき台を作る、といった事務所の仕事です。
物流における生成AIユースケース全体像
生成AIは、文章を読む・まとめる・書き直す仕事が得意です。運送会社・倉庫会社の仕事を場面ごとに分けると、使いどころは次のようになります。
| 場面 | AIに任せる作業の例 | 人が必ず確かめること |
|---|---|---|
| 輸送依頼の受付 | メール・FAX・Excelの依頼を受付票の形に整理、足りない項目の洗い出し、荷主への確認メールの下書き | 日時・届け先・荷姿・重量が依頼のとおりか |
| 配車・荷主との連絡 | 配車変更や遅れのお知らせ、ドライバーへの伝達文、荷主からの問い合わせへの返信の案 | 配車そのものは配車担当が決める。送る前に約束になっていないか |
| 運行管理・労務 | 運転日報の清書、拘束時間・休息期間を表にまとめる下書き、点呼の記録の整理 | 法令に合っているかの判断は運行管理者が行う |
| 荷主との交渉・報告 | 荷待ち時間の記録のまとめ、改善のお願い文、運賃の見直しの説明資料、月ごとの実績報告 | 数字が記録と合っているか。交渉の方針は社長が決める |
| 倉庫の作業 | 入出庫の作業手順書、誤出荷の報告書、在庫や出荷の実績の月次のまとめ | 数量・品番・ロケーションが元の記録と合っているか |
| 安全・教育・採用 | ヒヤリハットの整理、朝礼で伝える注意点、新人向けの教育資料、求人票の下書き | 安全の対策は、現場を知る人が決める |
荷主から届くメール・Excel・PDFの輸送依頼を読み取り、足りない項目を確かめる仕組みもあります。社内の物流システムへの受付登録まで進める形は、輸送依頼の受付・登録支援のページでご紹介しています(国際物流・フォワーダー向け)。
国内物流の生成AI・AI活用事例
ここでは、各社が公式に発表した内容と、国土交通省の事例集に載っている内容だけを紹介します。文章を扱う生成AIの事例に加えて、物流ならではの予測や配車のAIの事例も、違いが分かるように並べます。数字は発表に書かれたとおりです。
ヤマトコンタクトサービス|生成AIで、配送のメール問い合わせ対応の約20%を自動処理・抑制
日本オラクルは2025年7月7日、ヤマトコンタクトサービスの顧客サポート業務を、オラクルの生成AIサービスなどで効率化したと発表しました。同社はヤマトグループのコンタクトセンター業務を担う会社です。問い合わせに合うFAQを示せる割合(FAQ提案マッチ率)を、従来の約2倍の85%まで高めたとしています。宅急便の配送で生じるメール問い合わせ対応業務のうち約20%は、AIで自動処理・抑制しているとしています。
SGシステム(SGホールディングスグループ)|生成AIの通話要約で、実証では月約180時間を削減
佐川急便などのコールセンター業務を担うSGシステムは2025年11月27日、独自開発の「AI音声認識・要約ツール」を導入すると発表しました。通話の文字起こしと要約を自動にして、オペレーターが作る通話記録の品質のばらつきと作業の負担を減らすものです。2025年3〜4月の実証実験では、保険会社と複合機メーカーのコールセンター業務で、月約180時間の削減を確認しました。本格運用では、オペレーターの作業時間を約30%減らす見込みだとしています。
日本通運|AIの出荷予測の計算を、1アイテム1〜2時間から約5分に
日本通運は2026年5月14日、物流Webアプリ「DCX」のAI出荷予測機能を強化したと発表しました。これまで1アイテムあたり1〜2時間程度かかっていた計算を約5分に短縮し、日別・週別・月別で最大半年先まで予測できるようにしたとしています。こちらは文章を作る生成AIではなく、データから先を予測するAIの事例です。
ロジスティード|在庫分析の自動化で、熟練担当者の集計・分析を月25時間削減(実証)
ロジスティードは2023年7月5日、物流センターの在庫適正化を支援するサービスの提供開始を発表しました。2021年7月から行った実証実験で、熟練担当者のデータの集計・加工・分析の業務を、月あたり25時間削減できることを確認したとしています。物流センターの在庫は、6〜15%削減できる見込みだとしています。
国土交通省の事例集より|AIの配車支援で、丸二日かかっていた配車の決定が数時間に
国土交通省は、中小物流事業者に向けて「物流・配送会社のための物流DX導入事例集」(2022年3月)をまとめています。その中に、3PL企業のスーパーレックスが、AIを載せた配車計画のクラウドサービスを入れた事例があります。配送店舗の増減に伴うルートの変更に丸二日かかっていた配車の決定が、数時間でできるようになりました。土地勘がなくても配車を組めるようになり、引き継ぎもスムーズになったとしています。
物流で使えるプロンプト5選
そのまま貼り付けて使える文例です。( )の中を自社の内容に置き換えてください。届け先の個人の名前・住所・電話番号、荷主の社名や運賃などは入れずに、仮の名前や記号に置き換えて試すのが基本です。
①【受付】輸送依頼のメール・FAXを受付票に整理し、足りない項目を出す
②【荷主との連絡】配車の変更や遅れを荷主に伝える連絡文
③【運行管理】運転日報のメモから、拘束時間・休息期間の確認表を作る
④【荷主との交渉】荷待ち時間の記録から、改善のお願い文を作る
⑤【事故・誤出荷】記録から社内の報告書と、朝礼で伝える注意点をまとめる
どの文例でも、AIが作ったものは下書きです。日時、届け先、重量、拘束時間、安全の対策は、必ず人が元の記録や現場と照らし合わせてから使ってください。
物流×生成AIのリスクとガバナンスをどう設計するか
物流で特に気をつけたい3つのリスク
- 情報の持ち出し:届け先の個人の名前・住所・電話番号、荷主の取引の内容や運賃、配車表を、会社が認めていないAIサービスに入れてしまう
- もっともらしい間違い:AIは、法令の数字や住所、時刻について、それらしい間違いを書くことがある
- 運行と安全の判断を任せきりにする:配車の決定、拘束時間が基準に収まるかの判断、点呼での運転の可否を、AIの出した答えのまま進めてしまう
物流で押さえておきたい法令・ガイドライン
- 改善基準告示と時間外労働の上限:厚生労働省の改善基準告示は、トラックドライバーの拘束時間、休息期間、運転時間を定めています。2024年4月からは、時間外労働の上限(臨時的特別な事情がある場合でも年960時間)も適用されています。AIで作った確認表は補助で、基準に合っているかを判断するのは運行管理者です
- 改正物流効率化法(物資の流通の効率化に関する法律):2025年4月から、すべての荷主と物流事業者(トラック、鉄道、港湾運送、航空運送、倉庫)に努力義務が課されました。荷待ち・荷役の時間の短縮や、積載効率の向上などに取り組むことです。2026年4月からは、一定規模以上の事業者が「特定事業者」に指定されます。保有車両150台以上のトラック事業者、保管量70万トン以上の倉庫業者、取扱貨物9万トン以上の荷主などです。特定事業者には、中長期計画の作成と定期報告が義務になりました(荷主は物流統括管理者の選任も)
- 改正貨物自動車運送事業法:同じ改正で、運送契約を結ぶときの書面の交付などが義務になりました。書面には、運ぶ仕事の内容や対価(附帯業務料、燃料サーチャージなど)を書きます。元請の事業者には、実運送体制管理簿の作成も義務付けられました。AIで書面の下書きを作るときも、中身は契約のとおりかを人が確かめます
- 個人情報とAIのガイドライン:個人情報保護委員会は、生成AIサービスに個人情報を入力するときの注意を呼びかけています。総務省と経済産業省は、AIを開発・提供・利用する事業者に向けた「AI事業者ガイドライン」を公表しています
国は改正物流効率化法の目標(KPI)として、施行後3年で(2019年度比)次の2つを掲げています。荷待ち・荷役の時間を1人あたり年間125時間減らすこと、積載率の向上で輸送能力を16%増やすことです。荷待ち時間の記録をまとめる、荷主へのお願い文を作る、といった仕事は、AIの下書きと相性がよい分野です(プロンプト④)。
社内ルールに入れたい5つのポイント
- 使ってよいAIサービス:会社が認めたサービスとアカウントだけを使い、入力した内容の扱い(学習に使われない設定かなど)を書いておく
- 入れてはいけない情報:届け先の個人の名前・住所・電話番号、荷主ごとの運賃、契約の中身などを具体的に挙げる
- 人が確かめる書類:荷主に出す連絡文、運送契約の書面、事故の報告書は、必ず担当者が読んでから出す
- 運行と安全の判断はAIに任せない:配車の決定、拘束時間の判断、点呼での運転の可否は、配車担当と運行管理者が決める
- 困ったときの連絡先:間違えて情報を入れたときに、誰に、すぐ何を伝えるかを決めておく
ルールは1枚にまとめ、事務所と倉庫の両方に置いておきます。項目の立て方と文例は、生成AIの社内ルールの作り方で紹介しています。
物流のための3段階導入ロードマップ
期間は目安です。会社の大きさや、依頼や日報がどれだけ文字になっているかによって前後します。
段階1:事務所の「書く仕事」から始める(0〜3か月)
- 使ってよいAIサービスと、入れてはいけない情報を1枚のルールにまとめる
- 事務担当と配車担当1〜2人で、輸送依頼の整理、荷主への連絡文、事故・誤出荷の報告書の下書きを試す
- 試す前と後で、1件あたりにかかる時間と、聞き直しや書き直しの件数を記録しておく
段階2:運行管理・荷主との交渉・倉庫の手順書へ広げる(3〜6か月)
- うまくいった使い方を、文例と手順書にして社内で共有する
- 運転日報の確認表、荷待ち時間の記録のまとめ、倉庫の作業手順書、ドライバー向けの教育資料に広げる
- 使う人を増やす前に、社員向けの研修を行う
研修の内容や進め方によっては、国の助成金の対象になることがあります。条件はAI研修に使える助成金で解説しています。
段階3:受付から登録・連絡までを、AIエージェントで流れにする(6か月〜)
- 件数の多い仕事は、AIの下書きを人が写す形から、決まった手順で処理する仕組みへ進める。例:届いた輸送依頼を読み取り、不足を確かめ、社内のシステムに登録し、連絡文の案まで用意する
- 配車のベテランへの聞き取りや、過去の事故・誤出荷の記録をまとめ、AIで探せるようにする
- 月ごとに作業時間や手直しの件数を確かめ、続ける・広げる・やめるを決める
シス学の場合
シス学(システム経営学)は、AIエージェントを活用し、会社を「儲かるシステム」につくり変える経営学です。株式会社むさしAI研修が提供しています。
シス学では、仕事を「作業・確認・判断」に分けて考えます。運送会社の毎日の書類の代表である、輸送依頼の受付票に当てはめると、次のようになります。
| 任せ先 | 受け持つ仕事 | 輸送依頼の受付票での中身 |
|---|---|---|
| AI | 作業 | メールやFAXの依頼を読み取り、受付票に転記する。足りない項目を洗い出し、荷主への確認メールを下書きする |
| 社員 | 確認 | 依頼のとおりかを確かめ、荷主に足りない点を確認する。車両とドライバーの拘束時間に収まるかを確かめ、例外に対応する |
| 社長 | 判断 | 運賃と、その仕事を受けるか断るかを決める |
受付票は、3つのシのうち「時間創出」に向く書類です。社長や配車のベテランに集まっていた受付と確認を、AIと社員に渡します。始める前に、受付票1件にかかる時間と、荷主への聞き直しの件数を1か月分記録しておくと、渡した後と比べられます。
受付票の先の、社内システムへの登録や連絡案の準備までの進め方は、輸送依頼の受付・登録支援をご覧ください。どの仕事から始めるかの順番づくり、社内ルール、社員向けのAI研修、AIエージェントによる仕組みづくり。これらを続けて進める形として、シス学 AIコンサルティングをご用意しています。
まずは30分の無料相談から。料金は、対象の業務と体制をお聞きしたうえで、無料相談でご案内します。オンラインで全国に対応しています。日時を選んで無料相談を予約できます。
まとめ:物流×生成AIは「事務所の書く仕事」から始め、運ぶ人の時間を守る
- トラックドライバーには2024年4月から年960時間の残業の上限が適用され、労働時間は他の産業より約2割長い。何もしなければ2030年度に約34%の輸送力が不足するおそれがある
- AIに取り組んだ中小企業でも、製造・生産管理・物流の部門の活用は57.2%で、事務の部門より遅れている
- 生成AIは、輸送依頼の受付、荷主への連絡、運転日報の確認表、荷待ち時間のまとめ、事故・誤出荷の報告書など、文章を読む・まとめる・書き直す仕事で使える
- 大手は、配送のメール問い合わせの約20%をAIで自動処理・抑制(ヤマトコンタクトサービス)などを公表している。数字はそのまま自社に当てはめない
- 届け先や荷主の情報を扱うため、使ってよいサービスと入れてはいけない情報を先に決める。配車・拘束時間・安全の判断はAIに任せない
まずは、社長と配車担当で「事務所で毎日書いている書類」を3つ書き出し、そのうち1つでこの記事のプロンプトを試してみてください。かかった時間を前と比べることが、自社に合う使い方を見つける一歩目になります。
よくある質問
中小の運送会社でも、生成AIは使えますか?
使えます。大手のような専用の仕組みがなくても、輸送依頼の整理や荷主への連絡文の下書きなど、事務所の書く仕事から始められます。ただし、日時・届け先・重量・拘束時間は、必ず人が元の記録と照らし合わせてから使ってください。
配車をAIに任せてもよいですか?
生成AIに配車を決めさせるのはおすすめしません。生成AIが得意なのは、依頼の整理や連絡文の下書きです。配車の計画を組むAIのサービスもありますが、その場合も、どの車に何を積むか、拘束時間に収まるかの最終の判断は配車担当と運行管理者が行います。
届け先の住所や電話番号をAIに入れても大丈夫ですか?
会社が認めたAIサービスで、入力した情報がどう扱われるかを確かめるまでは入れないでください。届け先の個人情報や荷主ごとの運賃など、入れてはいけない情報を社内ルールで先に決め、試すときは仮の名前や記号に置き換えます。
改善基準告示のチェックにAIを使えますか?
確認の補助には使えます。運転日報のメモを拘束時間や休息期間の表にまとめ、基準を超えていそうな日に印を付けさせる使い方です。基準の数字はAIの記憶に頼らず、厚生労働省の資料から自社で書き写して渡します。合っているかの判断は運行管理者が行います。
何から始めればよいですか?
事務所で毎日書いている短い書類を1つ選び、AIで下書きを作って人が仕上げる形で試すのがおすすめです。輸送依頼の整理や荷主への連絡文は、元の依頼と見比べれば正しさを確かめやすい仕事です。試す前と後で1件あたりの時間を記録しておくと、続けるかどうかを判断できます。


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